「カゾク」なコト
■いつか・・はありますか? 2010年8月26日
今日は母の命日でしたので墓参りをしてきました。はや15年が経ちました。
「昨年」も書きましたが、自分を見つめる為にもこの日に書き残しています。
昨年は「心を亡くす」と書いて「忙」なんてことを書きました。たんしおれもんさんもコメントしてくれたようにその二文字を使うと「忘」ともなります。人間は月日を重ねることで苦しいことや悲しいことを少しづつ忘れていくように出来ています。当然、楽しいことや大事な事も同じように少しづつ・・。自然には逆らえませんが、「心を亡くさない」ことに努めることは出来ると思います。
さて、その母の母・・そう、祖母なんですが、今年で94歳・・鹿児島に健在です。
今、世間で問題になっている件については、幸い所在が確かですのでご心配なく!(苦笑)
ただ、痴呆が進み、数年前から介護施設に入っています。叔父が面倒を見てくれていますが、私はもう5年以上行けていませんでした。様子を聞くと今ではもう誰か認識できる状態ではないようです。
戦争未亡人となり、当時4才の母と赤子だった叔父を一人で育て上げた後、晩年には思いもよらなかったであろう娘である母を見送ることもした一人暮らしの50年。その祖母が暮らした家は今は空き家となったと・・。夏休みになれば鹿児島に帰省していた自分にとっては祖母の家がまさに私の「田舎」でしたので想像するだけで胸が詰まります。
大忙しの子供達を連れて行くのは簡単ではなくなった今、機会をうかがっていましたが来月に工務店の勉強会で鹿児島に行くことになり、単身ですが一泊延ばして施設に行って来ようと思っています。
祖父の事や家系の事・・・いや、それより祖母の生い立ちや学生時代、祖父とのなれそめ等を聞いてみたい。勿論どの程度のやり取りが出来るかわかりません。今までに聞くタイミングは山ほどあったはずなのに・・ダメですね。
15年前の夏の最中、母の病床で・・その後も同じように父方の祖母の病床で繰り返して後悔したことをまたここで繰り返そうとしています。
「いつか聞こうと思っていた」
「いつか話そうと思っていた」
「いつか謝ろうと思っていた」
「いつか感謝しようと思っていた」
「いつか・・・」 それってあるかどうかわかりませんね。
私のように後悔しないその為に皆さんは「勇気な行動あるのみ」ってことでしょうか。
なんだか・・毎年同じようなこと書いている気がします。
私が進歩するのは「いつか・・」あるのでしょうか(苦笑)
真面目なウラブログでした。
| コメント (4)






スタッフブログ





コメント
ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよう
月日が流れるのは、本当に早いですね。
なんとなく過ごしてると、なんとなく過ぎてしまう。
鹿児島のお祖母さま、お元気なんですね。
会いに行ってあげること、すごくいいことだと思います。
だって「いつか」なんて日は無いもの。
行けるときに行く!やれるときにやる!
これしかないのよ。
何もしないで後悔するよりも、何かして後悔したほうがいい。
来月、いろんなお話が聞けるといいですね^^
投稿者 たんしおれもん : 2010年8月27日 06:07
誰よりもなんとなく過ごしている私です(苦笑)
「いつか」と言う言葉は妄想でしかないのかもしれませんね。
今となっては「自分の為」に行動するようなものですが、
それこそ今でなければと思っています。
投稿者 左利き→たんしおれもんさんへ : 2010年8月27日 08:37
私もこの時期になると、幼少の頃、父方の祖母宅(高知)に帰っていたのを思い出します。祖母が一人になってから、父がこちらに呼び、過ごしてましたが、親戚筋も高知なので楽しかったかは定かではありません。心臓系の薬を飲んでいたので60前には痴呆が入り、探し回ったり大変でした!過去の記憶を手繰り寄せるためによく、食事の時に話をしました!時々、記憶が繋がり、全うな会話になる時があります!おっぱまんさんが行った時に祖母さまの記憶のキーワードが見つかるといいですね!
投稿者 ぼす : 2010年8月30日 11:12
ぼすさん ご無沙汰しています。コメント有難うございました。
ご家族で介護される大変さは想像を超える大変さだと思います。
でも高知から離れ寂しい部分もありながらも、孫であるぼすさんと一緒に暮らせたことは、さぞかし嬉しかったのではないでしょうか。
私の面会はほんの一時なのでどこまで記憶探しが出来るか・・一発勝負ですが、限られた時間を有意義に使いたいと思います。
投稿者 左利き→ぼすさんへ : 2010年8月30日 15:44
コメントする
(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)