「カテ」になるコトバ
HOUJI 2011年8月20日
今日は法事でお寺へ出かけてきました。母の17回忌と父方の祖母の13回忌の法要を合わせて行ったのです。しかし本当に月日が経つのは早いものですね。
母の場合は55歳と早く亡くなりました。私としては色々な想いが人一倍強いと思っていたので、行事については大切だと考えていましたが、忙しい時に当たるな・・とか、なにか受身的なものになっていました。
法事などは大抵の方が、故人の鎮魂・慰霊という意味で、慣わしに従って執り行われるんだと思います。ですが今日の法要の後で、「故人の為の供養のつもりが、自分達の為の儀式に摩り替わってはいけない」という説法を頂きました。自分ではそんなことぐらい分かっているつもりでしたが、いつの間にか自分もそうなっていたような気がします。単に、自分の後悔を解消する為や、災いが降りかからない為の先祖供養になっていないかと。
法要は亡き人とのことを思い返す良い機会でもありますが、残された我々は故人から影響を受けたことや彼らの生き様を通じて、自分の今に活かすこと・・それが大切なんだと改めて気付かされました。
今は「利他」という意識が尊重される時代。「利他の心」とは自分だけの利益を考えるのではなく、自己犠牲を払ってでも相手に尽くそうという人を思いやる精神のことを指します。
勿論、犠牲という表現には時によって御幣があるかもしれませんが、この自己犠牲の最たるものが親が子を思う心ではないかと。
その犠牲の上に今の自分があることを感謝し、またしっかりと活かせるように日々を大切に生きて行こうと改めて感じた涼しい夏の一日となりました。
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■おろそかにしないこと 2010年12月 3日
その本好きなれもんさんから先日の誕生日に頂いた松下幸之助さんの「道を開く」をこれまでに何度か読みました。総計450万部も売れている本のようで、読み込むほどにあたり前のような言葉がしみじみと染み込んで来ます。でもあと10回ぐらいは読まないといけないような気がしています・・それだけじっくりと時を置きながら味わって行きたいと思える奥深い本です。
その中で「おろそかにしない」という文の締めにある言葉が心に残ります。
「賽(さい)の河原の小石はくずれても、仕事の小石はくずれない」
仕事には知恵も大事、才能も大事。しかしもっと大事なことは、些細と思われること、平凡と思われることもおろそかにしない心がけなんだと。そんな些細なこと、平凡なことを積み重ねてきて、そのうえに自分の知恵と経験を加えていくことによって、はじめて危なげのない信頼感が得られるとおっしゃっています。
自分を演出することも仕事では必要な時代ではあると思いますが、決して派手でなくても、しゃがみながら地味にひとつずつ積み上げてきたものは自分にも少しはあるんだと、この歳になって少しですが思えるようになってきました。、それがそう簡単にくずれるものではないという、いわばあたり前のことにも最近ようやく分かり始めたような今日この頃。ほんと、10年は遅いよね(苦笑)今更ドタバタしても仕方が無いのでまたひとつずつ載せていくか~。
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■やさしさに包まれたなら 2010年4月 5日
今日は小中学校の入学式が多かったようです。車で走っていても街中には、可愛い傘の下に大きなランドセルを背負った子供達が親に見守られながら登校していました。
ちょうどFM横浜からユーミンの「やさしさに包まれたなら」が流れてきた。
ここまで育ってくるのに多くの人の「やさしさ」に包まれてきたんだな~と思うと・・・ちょっと運転が危なくなりました(笑)。今になってこの詩にある「やさしさ」を深くかみしめて聞きました。
小さい頃は神様がいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持ちで目覚めた朝は
大人になっても 奇跡は起こるよ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ
やさしい気持ちで前向きに考えれば起きていることすべてがメッセージだと。
でも子供の時は全てに敏感すぎて、振り回される。メッセージだとわかる日までやさしさに包まれて育ってほしいと拙に願うばかり・・。
あっ、人事のように書きましたが、愚息も中学の入学式でした。やさしさで包もうと思いながらも男子は難しい年頃のようですれ違いも始まった感もありつつ(苦笑)、まだまだこの歳になっても生意気なことは言えないようです・・^^;。
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