「ジブン」的なモノ
■風立ちぬ 2009年9月 6日
少しづつ、秋の風になってきていますね。
朝日新聞の「be」読まれた方はおられますかね。
「風立ちぬ」というワードを題材に「深~い」話が書かれていました。
このワードを聞くと松田聖子の曲を思い出します。ラジオでもこの季節になると
かかり出す素敵な曲です。昔の彼女の歌はアイドルとしてでなく、一歌手として
あの透き通った声が大好きでした。それとこの記事で知ったのですが作曲が大好き
な大滝詠一だったなんて・・。
作詞の松本隆さんは以前から堀辰雄さんの小説「風立ちぬ」を作品にしたいと思っ
ていたそうです。この詩は小説の舞台に近い軽井沢の万平ホテルをイメージして創った
そうですが実際の歌には小説のような要素が感じられないのは何故だろう・・私の読み
が甘いだけか?。
前から気になっていた「風のインクでしたためています・・」というフレーズ。
高原の少し涼しげな風が目に見えるような素晴らしい言葉だと思います。
何色なんだろうね、風のインクって・・・。
秋が近づけばこんな私の心にも風が吹くのですよ(苦笑) そこ、笑うな!
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■心を亡くさない 2009年8月26日
今日8月26日は母の命日です。今年で丸14年が経ち、昼下がりに家族皆でお参りに行く。
あの頃は仕事を親父と二人だけで頑張っていた時でしたが、その時だけ・・信じられないようなタイミングで・・現場の合間を縫ってくれたかのように、最後の一週間は病院へ付きっ切りが出来た夏の終わりでした。
前記事に書いた金沢まつり花火の轟音がその夏も八景にある病室の窓に響いていました。その音には心地よさが感じられず、やり切れない響きにしか聞こえなかった。
その前年、同じ花火を母を連れて海沿いで見ていた時の後姿は今でも目に焼きついている。終わった時に見せた笑顔が何かを整理したような、それでいて寂しそうな表情をしていました。
その後の数年は花火の音から自然と避けていたような気がします。今ではトラウマも薄れ、音も重々しくなく楽しめるようになったハズですが、何かが足りない気がしているのは確かです。
無邪気だった年頃以降は、ろくに話もせずに反発ばかり、どれだけ日々滅入らせていたか親の今になって痛いほど分かります。薬で朦朧として聞けていたかどうか分からない深夜に詫びた一言は彼女に届いたのかどうか、今では分かるすべも無く・・。
家族同士、毎日顔を合わしている中で、できるだけその人の笑顔を噛み締めて過ごしてみてくださいね。難しいのは重々分かっていますけど!(笑)
楽しい思い出といえば、毎年のように母の実家のある鹿児島へ数週間帰っていた夏休み。色々なところに連れていってくれました。親父は今の私と全く同じ・・一緒に居る時間がとても少なかったので、母と出かけた記憶がとても多い。ここは今の私が反省しなくてはいけない所ですが・・。
「心」を「亡」くすと書いて・・「忙」
今日が、時間に押し流されて忙しない日々の中の一日とならないよう、線香を手向けておしまいとならぬよう、このブログを書きながら回想する時間とさせてもらいました。勿論自身を見直す時間にもなります。脈絡なくてすいません、でもお陰で良い時間が過ごせました。
いつも助けてもらっている皆さんにも感謝です、有難うございます・・(合掌)
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■間に合わず 2009年8月 4日
先週末はよこすか開国祭の花火大会がありました。
嫁さんと娘は高校説明会に行ったので見にいくつもりは無かったのですが、
仕事が都合がついたので猿島沖から花火を見ようと思い立ち、夕方野球から
帰ってきた息子を連れ、弁当も買って意気揚々とボートパークへ向かう。
いつものようにボートパークの隣にある電気工事屋の倉庫に車を置くと、丁度
ウチの新築現場から帰ってきた電気屋が道具を片付けていた。
「おい、出掛けるぞ!」と荷物をもたせ3人で船に向かい、出港準備を始めた。
以前に船灯が切れていたので、まず始めに新しい球に入れ替えてみた。
でも何故か点かない・・。不良品だったか!?
間髪いれず電気屋に「いや~お前連れてきて良かった~直してくれよ~♪」
本体の接点チェックしたり色々見てもらうがどうしてもつかない。
これが点いていないと夜の海では大変危険だし、まして海保に捕まる^^。
それに海上は毎年事故が起きるほどの混み具合となる。
電気屋:「テスター持ってくるよ」
とだんだん専門的になってくるも、全てのルートチェックしても分からない・・。
電気屋:「器具自体の問題かもね~」
辺りはどんどん暗くなり、開始時刻が近づく・・。
息子は無言で一人弁当を食べ始めた・・。
間に合わないか~、初めての海上観覧だというのに。
電気屋:「もう直接、露出配線でバッテリーからつなごう!配線持ってくる。」
また倉庫に奴は走った。これでもう何往復だろう^^;。
遠くからパンパンと音が聞こえ始めた。米軍倉庫の島の上に鮮やかな火の粉
が見えた。
「あ~あ、始まっちゃったか~・・」
既に一時間近くは格闘している。めげずに小さな豆灯に細い線をテープで
圧着してバッテリーに接続する。
「つ、点いた!」
よし、出るぞ、と大急ぎでロープを外して出港した。だがそれも、ぬか喜び。
1分もしないうちに点滅を始めた。圧力をかけていないと消えてしまう。
「じゃあ指で押さえていくか~」と言いつつも熱持ってテープが溶けてくるし、
電気屋も「熱くて持ってられない」って言うし・・^^;
やっぱり、最初にケチついた時はこんなもんか~と思いながら、
「しょうがない、帰ろう・・」
と言ってUターンを始めた。正面の遠くには綺麗な花火の半輪が見えていた。
そして係留して片付け終わると同時に、花火最後の見せ場の轟音が響いた。
息子は私に気を使っていたのだろうか、何事も無かったかのように淡々と
している。そして静かにボートパークを三人、無言で歩いて帰った・・。
とにかくショックだった。日頃、息子の相手を殆どしていなかったので、ここぞと
ばかり力が入ってたし、ましてや今年に入って初めてまともに船を使えると思っ
ていたわけで。
息子は誘ってももう来ないかもしれない(苦笑)。
家について弁当を食べながら、そう思った瞬間、一気に疲れがでてきた・・
でも、慣れていない夜の海、間に合わせのままで行かない方が、かえって
よかったのかもしれない、もしかしてご先祖様が足止めしてくれたのかも・・・(笑)
そう考えるようにした。
たかが小指の先程のたった一個の豆電球、でもそれは「命の灯り」でもある。
日頃の整備がどれだけ大切か、モノづくりに関わる人間として恥ずかしかった。
・・・と、こんなのも夏の思い出になるのだろうか?
どちらにしても、一番疲れたのは、帰り際に捕まって、2時間近く残業させられた
挙句に、花火も見れずに帰った「電気屋の佐藤くん」なのは間違いない。
本当に悪かった・・。この借りは、月末の八景島の花火でどうだ?(苦笑)
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竹フローリング仕様 2009年6月21日
「父の日なにが欲しいの?」と数日前から聞かれていたが、特に思い浮かばない^^;。
昨日になってリミットだからと言われて、ふと頭に浮かんだのが、「ビーサン」!?。
いつ使うかって?使いますよ!えーと、船で・・(笑)
いつも世話になっているボートパークのお向かいのオーナーさんが何時も「ビーサン」なんだよね、それが脳裏にあったのかも。
葉山の「げんべい」のが良いと言ったら「遠いじゃん、めんどくさいし」と一言で終わり。
そんな話の後でダイエーへ行って買ってきたらしい。
何時も「自然素材」といっているからか、竹フローリングと布紐仕様のサンダル。でも・・・よく見ると「スダレ」を切り取ったようにも見れるのは私だけ?!
こういう渋いのを掃く風貌になったのかなと心複雑になりつつも・・「二人とも、ありがとう」。
裸足になって履いてみた私を身上げながら、嫁さんがポツリと
「それ履いてさ~、おじいちゃんの甚平とか来て夜祭りに出かけないでね、絶対あちら系に間違われるから」
って、オレって一体・・・。
もう子供達も一緒に海は行かないし、そうなると事務所と家の間で使うか・・。
片道たった10歩程なんだけど(笑)
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