2009年8月26日
■心を亡くさない 2009年8月26日
今日8月26日は母の命日です。今年で丸14年が経ち、昼下がりに家族皆でお参りに行く。
あの頃は仕事を親父と二人だけで頑張っていた時でしたが、その時だけ・・信じられないような
タイミングで・・現場の合間を縫ってくれたかのように、最後の一週間は病院へ付きっ切りが出来た夏の終わりでした。
前記事に書いた金沢まつり花火の轟音がその夏も八景にある病室の窓に響いていました。
その音には心地よさが感じられず、やり切れない響きにしか聞こえなかった。
その前年、同じ花火を母を連れて海沿いで見ていた時の後姿は今でも目に焼きついている。
終わった時に見せた笑顔が何かを整理したような、それでいて寂しそうな表情をしていました。
その後の数年は花火の音から自然と避けていたような気がします。
今ではトラウマも薄れ、音も重々しくなく楽しめるようになったハズですが、何かが足りない気がしているのは確かです。
無邪気だった年頃以降は、ろくに話もせずに反発ばかり、どれだけ日々滅入らせていたか親の今になって痛いほど分かります。薬で朦朧として聞けていたかどうか分からない深夜に詫びた一言は彼女に届いたのかどうか、今では分かるすべも無く・・。
家族同士、毎日顔を合わしている中で、できるだけその人の笑顔を噛み締めて過ごしてみてくださいね。難しいのは重々分かっていますけど!(笑)
楽しい思い出といえば、毎年のように母の実家のある鹿児島へ数週間帰っていた夏休み。
色々なところに連れていってくれました。親父は今の私と全く同じ・・一緒に居る時間がとても少なかったので、母と出かけた記憶がとても多い。ここは今の私が反省しなくてはいけない所ですが・・。
「心」を「亡」くすと書いて・・「忙」
今日が、時間に押し流されて忙しない日々の中の一日とならないよう、線香を手向けておしまいとならぬよう、このブログを書きながら回想する時間とさせてもらいました。勿論自身を見直す時間にもなります。脈絡なくてすいません、でもお陰で良い時間が過ごせました。
いつも助けてもらっている皆さんにも感謝です、有難うございます・・(合掌)
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2009年8月23日
■夜の海 2009年8月23日
昨日は金沢まつり花火大会でした。仕事が切り上げられたので、先日の悔しい リベンジ と
ばかりに今度は家族を無理やり引きつれボートパークへ向かう。
準備を始めたのだが、愚息が船灯を真っ先に確認し始めた(苦笑)。
だがあまりにもガチャガチャと入り切りしたので、最初は付いていた球が飛んでしまった・・。
なんてことだ・・先日のトラウマが頭をよぎった。また、ケチがついた・・今度もダメか・・。
実は先日のトラブルは電球切れではなかった。また電気屋の佐藤君を働かせたわけだが、
地盤周りのコネクターが潮風でプラスチック部品が風化して外れてしまっていた事が原因だっ
たので、全て差し替えておいたのだが、電球と思い込んでいた私は数個の予備電球を買って
いました。
今度は簡単に球を交換して無事点灯したので、深浦湾をでて八景島沖に向かい、10数分で
八景島のジェットコースター前辺りに着く。
沢山のお客を乗せた屋形船や、釣り船、そして豪華なヨットやクルーザーが既に陣取っていた。
花火初心者の私は進入制限ラインまで行かずに距離を置いてアンカリングした。
毎年花火シーズンには多くの海上事故が出ているので無理は禁物。全て完了して、ご飯を食
べながら始まるのを待つ。
あまり近づくと首が疲れると聞いたので程よい距離だ。それでも、アンカーが走錨していないか
他の船との距離や位置を逐次確認したりと船頭は落ち着いて座っていられない。
もう書いたが、花火遊覧は始めて・・というより、夜の海は始めて・・・(^^;
家族を巻き込んで練習がてらと言うのは無謀だと、スタッフに言われてました。ならばと、皆を
誘ったんですが「最初は遠慮しておきます!」とフラれてしまった。まだまだ運命共同体までは
程遠いようだ(苦笑)。結局、気乗りのしない娘の手を連れ、伊豆旅行と同じくオヤジの思い出
つくりに付き合わせた(笑)
廻りには何億するんだと言うような大型クルーザーも居たが、こんな笹舟だろうが大金持ちだろうが花火を同じ場所から見る事においては何ら違いはないのだ(嬉)
予定通り、7時から打ち上がる。風向きも煙がかからない位置で迫力も充分。
見にいけなかった方は最後のフィニッシュを動画でどうぞ↓
無事に花火が終わると同時に混雑を避けて芋洗い状態の船達が動き始める。
逃げ切り絶好の位置に陣取ったので、素早くアンカー回収して走り始めるが、夜の海は
本当に怖かった(笑)何隻もの船が前後に居るので緊張する。
住友の巨大クレーン脇をなめるように深浦湾へ・・・行きの半分のエンジン回転数でゆっくりと
進む。事故でよくあるのは真っ暗な低い防波堤に衝突したり、時期によって張られる漁師
さんの網にからんだりして動けなくなる。勿論エンジンが動かなくなることは昼夜構わず
でけど・・。
時間を掛けて無事、ボートパークに着く。どっと力が抜けたが、私以上に女房が疲れていた。
ずっと「無事に戻れるかな~」と娘に小声で話していたらしい・・・^^;。
私もしぶきを受けていたので風呂に直ぐ入って仕事しようとしたが、やはり力がずっと入って
いたのだろうか?起きているのがキツくて早々に寝ることにした。
でも一番ではなかった、寝室へ行くと既に女房が・・(苦笑)
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2009年8月17日
■夏の海 其の三 2009年8月17日
14日の最終日は、若い娘を見にビーチへ(笑)とはいってもとても小さな浜。左はもう須崎の御用邸がある九十浜(くじゅっぱま)という遠浅の白砂のビーチです。
大きな魚が足元に泳ぎ、キス達も砂の中にある餌を探しているのも見れました。
ですが沖の方へ行くともうクラゲに刺されます。私は今日も数十箇所キンカン塗ってます^^;。
陸にいても目も泳ぐので(笑)それはそれで楽しいのですが・・やはり砂浜の混雑は嫌いですね。
早めに荷物を預けている宿に戻り、お風呂を頂く。
皆が泳いでいるのを見下ろしながらの風呂は一興。
いそかぜさんのような旅館やスタッフ・地元の人との多くのふれあいで心が温かくなる。自分の記憶に強く残っているのは民宿や人と触れ合った旅。
やはり子供達には面倒くさがらずにそんな旅をしてほしいと思う。

下田の街は丁度お祭りでしたので少し散策をしました。町内ごとの山車が何十にも続いて圧巻でした。夕方のペリーロードは静かな佇まいで、良い旅の〆となった気がしました。
これで3日間の夏休みは終わりました。地震も天気も問題なく、無事に帰れた事に感謝。
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2009年8月16日
■夏の海 其の二 2009年8月16日
須崎の朝日。現場用のデジカメなので色が出ませんが靄が取れると穏やかな水銀面が。
二日目も楽して目の前の磯場で遊び、昼は宿に戻って風呂と昼寝。
二人ともスイミングに行っていましたのでスムースなもんです。自分は悲しいかな体力の無さに愕然・・。
子供の頃からの磯遊びをしていたお父さん達は、子供以上に楽しいはずです(笑)
特に伊豆の海は良く来ていました。中一の夏には下田の弓ヶ浜に子供だけの仲間4人で民宿をとって泊まりにきたり、千葉の御宿まで自転車で行ったりと、今思えば元気な少年時代でしたね。
宿で大きなカサゴの丸揚げを頂いたのが美味しかったのか、モリでカサゴを突いてきた息子が「これ食えるかな」と・・。それは「イソカサゴだぞ、ヒレに毒があるけど・・」と言ったらこの視線。皮一枚で付いていたので刺さらないように外してリリースしました。
夕方からは漁港の堤防釣り。組合で放流している鯛の稚魚に邪魔されます。
でも色々小物が釣れたのでカッコにはなったでしょう。勿論全部リリースしましたよ。
丸々二日の疲れが出て私は一人10時前に寝る。こんな早く寝るのは数年ぶりか!?ここでも運動不足に泣かされる(笑)
最終日は近くの遠浅の九十浜(くじゅっぱま)へ行って普通の海水浴です。混雑してますけどその分、若い娘も多いわけで・・・^^;。
そして次回に続く・・。
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2009年8月15日
■夏の海 其の一 2009年8月15日
休暇の3日間は伊豆半島下田の須崎に家族旅行でした。
来年子供達は高校生と中学生になるので海に来るのは今年で最後かもねということで、子供というよりも親の為の思い出旅行と言ったほうが良いかもしれません^^;。
下田駅から10分ほどの須崎漁港にある恵比須島周りは磯遊びやシュノーケリングには最高です。
透明度も高く、カラフルな熱帯魚も沢山見ることができます。
その恵比寿島を見下ろす高台にある「いそかぜ」さんに一泊の予定でしたが前日の地震の影響でキャンセルが出たらしく、二泊目の他の宿をキャンセルして急きょ連泊に。「キャンセル料が高くて・・」と話したら、まけて頂きました(笑)。本当に有難うございました。
漁港から水揚げされる魚料理は食べきれないボリュームに、全室オーシャンビューです。
お盆料金で考えても子供連れの旅行はとてもおススメです。決してサービスしてもらったから褒めている訳ではありませんよ。
でもさすがにお盆ですね。朝5時ごろからテントの場所取りに続々と車が入ってきます。
私も朝釣りついでにテントを持たされて場所取りに奮闘、朝食時で既に疲れていました(笑)
「アホで何が悪いんや」を訴える為に沖縄で作ったTシャツがお気に入りの愚息。その前面は足元までの一枚単板ガラス・・強化でしょうか?^^;どちらにしても高所恐怖症では近づけませんね。でもとても開放的で気持良いです。
次回に続く・・・
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2009年8月 4日
■間に合わず 2009年8月 4日
先週末はよこすか開国祭の花火大会がありました。
嫁さんと娘は高校説明会に行ったので見にいくつもりは無かったのですが、
仕事が都合がついたので猿島沖から花火を見ようと思い立ち、夕方野球から
帰ってきた息子を連れ、弁当も買って意気揚々とボートパークへ向かう。
いつものようにボートパークの隣にある電気工事屋の倉庫に車を置くと、丁度
ウチの新築現場から帰ってきた電気屋が道具を片付けていた。
「おい、出掛けるぞ!」と荷物をもたせ3人で船に向かい、出港準備を始めた。
以前に船灯が切れていたので、まず始めに新しい球に入れ替えてみた。
でも何故か点かない・・。不良品だったか!?
間髪いれず電気屋に「いや~お前連れてきて良かった~直してくれよ~♪」
本体の接点チェックしたり色々見てもらうがどうしてもつかない。
これが点いていないと夜の海では大変危険だし、まして海保に捕まる^^。
それに海上は毎年事故が起きるほどの混み具合となる。
電気屋:「テスター持ってくるよ」
とだんだん専門的になってくるも、全てのルートチェックしても分からない・・。
電気屋:「器具自体の問題かもね~」
辺りはどんどん暗くなり、開始時刻が近づく・・。
息子は無言で一人弁当を食べ始めた・・。
間に合わないか~、初めての海上観覧だというのに。
電気屋:「もう直接、露出配線でバッテリーからつなごう!配線持ってくる。」
また倉庫に奴は走った。これでもう何往復だろう^^;。
遠くからパンパンと音が聞こえ始めた。米軍倉庫の島の上に鮮やかな火の粉
が見えた。
「あ~あ、始まっちゃったか~・・」
既に一時間近くは格闘している。めげずに小さな豆灯に細い線をテープで
圧着してバッテリーに接続する。
「つ、点いた!」
よし、出るぞ、と大急ぎでロープを外して出港した。だがそれも、ぬか喜び。
1分もしないうちに点滅を始めた。圧力をかけていないと消えてしまう。
「じゃあ指で押さえていくか~」と言いつつも熱持ってテープが溶けてくるし、
電気屋も「熱くて持ってられない」って言うし・・^^;
やっぱり、最初にケチついた時はこんなもんか~と思いながら、
「しょうがない、帰ろう・・」
と言ってUターンを始めた。正面の遠くには綺麗な花火の半輪が見えていた。
そして係留して片付け終わると同時に、花火最後の見せ場の轟音が響いた。
息子は私に気を使っていたのだろうか、何事も無かったかのように淡々と
している。そして静かにボートパークを三人、無言で歩いて帰った・・。
とにかくショックだった。日頃、息子の相手を殆どしていなかったので、ここぞと
ばかり力が入ってたし、ましてや今年に入って初めてまともに船を使えると思っ
ていたわけで。
息子は誘ってももう来ないかもしれない(苦笑)。
家について弁当を食べながら、そう思った瞬間、一気に疲れがでてきた・・
でも、慣れていない夜の海、間に合わせのままで行かない方が、かえって
よかったのかもしれない、もしかしてご先祖様が足止めしてくれたのかも・・・(笑)
そう考えるようにした。
たかが小指の先程のたった一個の豆電球、でもそれは「命の灯り」でもある。
日頃の整備がどれだけ大切か、モノづくりに関わる人間として恥ずかしかった。
・・・と、こんなのも夏の思い出になるのだろうか?
どちらにしても、一番疲れたのは、帰り際に捕まって、2時間近く残業させられた
挙句に、花火も見れずに帰った「電気屋の佐藤くん」なのは間違いない。
本当に悪かった・・。この借りは、月末の八景島の花火でどうだ?(苦笑)
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